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2007年10月29日 (23:13)

【さぬき市志度】桐下駄鼻緒付けと江戸中期の奇才平賀源内の里めぐり

志度平賀源内先生遺品館志度が生んだ奇才と

   情熱が生んだ桐下駄


【引用~】10月13日の「プチお遍路体険と平賀源内の育った門前町志度めぐり」から早くも2週間。前回、遺品館までの誘導標識が小さすぎて見にくかったからと、石塚さんが作り変えてくれました。金子屋さんもいつも気持ちよく壁に貼らせてくださいます。お~、よくわかる。今日のガイドは、近藤、金岡ベテラン同級生コンビ。本日のしょっぱなは、源内さんのお勉強。【続く→】てくてく志度日和
【引用】 なぜ、志度で桐下駄が・・・、それも日本一

 さぬき市志度は、合併前は、志度町でしたが、
桐下駄の生産日本一だということは、
ご存知でしたか?

 そうなんだ!と、皆さん、感心、納得する前に、よく考えてみてください。

 下駄の材料である桐の木もどこにも群生していなく、
以前から、下駄職人がいたとか、
そういう技術が伝わっていたということもなく、
およそ、100年前にはほんとうに何もないところだったにもかかわらず、
100年たって、桐下駄生産日本一となったという事実。
いまや、桐下駄は志度の特産品になっています。

 でも、100年の年数って、やはりすごいですね。
無から、日本一が生み出せるのですから。
そこに確実に存在し、これがなければおよそ日本一にはならなかった
だろうというのは、皆さん、何だと思いますか?

 ここからが今週のお話です。
それは、「砂山房太郎」(東かがわ市大内町出身)というひとりの男の
熱き「情熱」です。
彼のこの情熱こそが、100年で志度を桐下駄日本一にしたのです。

 私たち香川県人のイメージは、県民性として、
概して温厚でやさしい性向であり、経済的にも比較的恵まれ、
どちらかといえば現状維持を望んで、率先してドラスティックな
変革をするようなことはあまりないタイプであるとよく言われています。
それは、一年を通じて温暖な瀬戸内の気候に恵まれてたいへん過ごしやすく、
かつ海の幸山の幸などの食材が豊富なこと、平坦で肥沃な土地が多くて、
山も少ない土地であること、また江戸時代230年近くにわたって、
将軍家の分家ともいうべき松平家のお殿さまが、
高松藩の藩主となって治めていこともあって、
領民が素直で従順であるからと考えられています。
また、将来を考えて教育熱心であり、たいへん勤勉で、
不測な事態に備えての貯蓄も多く、堅実な県民性であるとも評価されています。

 ところがどうでしょうか? 
長い歴史を紐解いてみますと、ふるさと香川は、驚くなかれ、意外意外、
従来からの常識や規範を根源から覆すような思想や行動の持ち主が
時々思い出したかのように輩出されています。

 たとえば、平安時代、善通寺生まれの偉大な宗教家である「空海」は、
天才ともいえるその比類まれな才能と行動力でその後の日本に
大きな影響を及ぼしました。
また、江戸中期、日本のレオナルド・ダ・ビンチとも言われている
多彩な才能の持ち主であった志度出身の「平賀源内」の様々な考え方や活動は、
明治維新の思想的な原動力となったいう評価もあります。
生まれは隣の愛媛県ですが、善通寺の陸軍駐屯地で勤務し、
人間が鳥のように空を飛ぶという夢を世界で初めて実現させた
仲南町の「二宮忠八」、
誰もが不可能と考えていた瀬戸内海を跨ぐ橋の構想を言い続けた
「大久保甚之譲、」、
さらに今から80年前、当時いくらでも捕れると考えられていた海の魚を、
養殖という技術的にも困難で莫大な費用を要する事業にもかかわらずあえて、
将来の魚資源の急激な減少や世界の需要の増加などで、
安定的な供給が要求されることを見事に予想して、
世界で初めて「海魚養殖」の成功した「野網和三郎」など、
私たちが考えている自分たちのイメージとはまったく異なった、
そしてそのときの世界をリードするような考え方を持った
偉大な人たちを輩出しており、それは私たちの大きな誇りでもあります。

 砂山房太郎も、そういう人の一人だったと思います。
当時、下駄の職人は高松にいたため、房太郎は、高松で下駄職人修行を
していました。
1907年に、志度町で下駄の製造業を開業した房太郎は、
どうせ下駄を作るのなら、日本一の材料を使って、
日本一の技術という思惑がありました。
 幸いにも、香川は雨が少なく、晴れの日が多く空気が乾燥していて、
木材が乾きやすかったのでした。
 房太郎は、品質に拘り、桐材は、
仕入れてから約1年じっくりと時間をかけて
天日で乾かすことにしました。これが志度の伝統でした。
そして、職人の育成や一大消費地・大阪への販路開拓に取り組み、
日本一の産地の基礎を築いたのでした。
  
 なぜ、材料を桐にしたのでしょうか?
それは、房太郎の哲学でした。どうせ作るなら日本一の品質の下駄を・・・
そのおかげで、この100年の間に、日本人の足元事情は随分と変わり、
日常生活において下駄はほとんど見かけなくなり、靴が主流となって
多くの下駄製造業者が廃業しました。
 でも日本一の品質を心がけてきました志度桐下駄は、
そのような時代の大きな波にも
影響を最小限度にとどめて、今日まで至ってきています。

 日本一の品質は、日本一の素材からというのが、房太郎の考え。
まず、日本一の樹木である桐を使いました。
桐は、次のような特徴があります。

①たいへん軽い
②吸水性に優れている
③虫がつきにくい
④木目が綺麗
         などです。

 余談ですが、桐がたんすによく使われていたのは、
 ・吸水性に優れている
 ・冬は乾燥して、引き出しが開けやすく、また換気がスムース
 ・虫がつきにくい
 ・落としたり衝撃を加えた時に、桐の入れ物が壊れることによって、
緩衝材の役目を果たし、中のものを守る。

などの理由からです。

 今、奈良では、正倉院宝物展は開催されて多くの方が訪れていますが、
正倉院の宝物の入れ物は、ほとんど桐であることをご存知でしたか?

 桐は、中国では、鳳凰のとまる幸福な木ということで、各家庭の庭に
植樹されていますし、また、お嫁に行く時には、
桐の苗を持たせていく風習があります。

 最高の材料として、桐に選定。しかし、日本一の桐探しということで、
全国津々浦々探して、結局は、新潟の越後桐(五泉の桐は
木目の美しさが最高の品質)、
福島の会津桐を選定し、輸送ルートも確保したのでした。

 職人の人材は、貧乏人の子沢山ということもあって、当時、
次男以下は、たくさんの方が、京阪神に出稼ぎに行っていましたが、
そのたくさんいた次男以下の地元の若者を活用したのでした。

 志度で下駄つくりを始めてほぼ百年。
少なくても桐下駄製造では、最低40工程はあって、
仕上げ部分の細かいところはひとつひとつ手作業になっています。

 下駄離れで、持ちこたえたのは、桐下駄という最高の素材を使って
高級感を出したからにほかなりません。

 いいものをつくれば、いつの時代も、どんな時代でも、評価してもらえるし、
それが本ものの迫力です。

 目先の動きや利益に目を奪われて、ヒットしたから、すぐ量産などと
考えないことが如何に大切かを、歴史が如実に教えてくれます。
本物志向で妥協を許さない確固としたポリシーというものが
人に与えるパワーの迫力のすごさ。妥協してはいけません。

 こぼれ話です。
興味があって、2、3の下駄屋さんにインタビューしてきたので、
こっそり情報提供します。

 まず、下駄の見方(下駄職人のこだわり)です。
最近は、表面を蒔絵加工している高級下駄もありますが、
本当の価値は、裏を見れば分かるそうです。

 すなわち、下駄の裏を見れば、
・下駄の裏を彫って、菊打ち、富士掘りなどと言う高等技術・職人技が見れます
・下駄の素材を補強するため、めぼ(ダボ)を打ち込んでいます
 外国産は、このめぼが打っていないので、それをごまかすために、
 「高級桐下駄」というシールを用意して、本来ならめぼが
 打ち込まれるであろう所に、貼付していますので、
 機会がありましたら、そういうところまでチェックして
 ください。

 最近の伝統芸術のコラボではおもしろいものがありました。
 ・桐下駄と保多織(鼻緒)
   意外とおもしろい組み合わせでした

 なお、下駄とは関係ありませんが、岡本焼きと漆工芸という
伝統芸術のコラボもドキッとする意外性がありました。面白いですね。
   
 以上、桐下駄のお話でした。【提供:那須メルマガ20071028号】

 みふぃ:志度のまち歩きツアー「桐下駄鼻緒付けと江戸中期の奇才平賀源内の里めぐり」コースのご案内です。
 志度の桐下駄の無からの挑戦については、漆の木も木地となる木も何もないところから技術で香川漆器を興した玉楮象谷(たまかじぞうこく)も同じです。地域に今何も無いと嘆くよりも、無ければこれから作り上げればいい、その人の情熱こそ大事であることを教えてくれます。
 奇才平賀源内もエレキテルの活用や日本で初めての博覧会を主催するなどアイディアマンでありながら、それを実行するチャレンジャーでもありました。
 そんな情熱を感じながら志度のまちを歩いてみませんか。11月24日(土)にもう一度このコースが開催されます。
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